2014/12/3更新
潮間帯から亜高山帯,藻類から草本,木本植物まで様々な光環境下に生育する,様々な植物を対象に研究してきました.下にまとめてありますが,内容は専門的です.
1. 草本における葉の光環境への順化
2. 亜高山帯に生育する針葉樹の生理生態学
3. 藻類のアンテナバランス
4. 太平洋型ブナと日本海型ブナの光順化能の違い
5. 照葉樹が冬季に受ける強光ストレスとその保護機構
6. 共同研究など
I. 光強度の関係
単子葉植物であるイネの一品種である日本晴(Oryza sativa L. cv. "Nipponbare")の幼植物群落を用い,葉を葉位別に採取し,光環境の変化に伴う光合成系の変化を詳細に調べた結果,葉が弱光下に置かれたときに見られるクロロフィルa/b比の低下は,光化学系II(PS II)に存在する2つの反応中心のうち,光化学系II集光性クロロフィルタンパク質複合体(LHC II)を多く結合するαセンターの相対的増加であることをクロロフィルaから発せられる蛍光の誘導期現象の解析より明らかにし,これらの変化が光強度の変化に伴う被陰環境への順化応答であることを示した(Yamazaki et al. 1999a, 1999b).また,群落下部の葉ではPS IIとPS Iの量比の変化により光吸収バランスが崩れ,過剰な光エネルギーにより光合成電子伝達系内で活性酸素が生成すること,さらにこれらを消去する酵素の活性低下により過酸化水素が蓄積し,葉の枯死を引き起こすことを明らかにした(Yamazaki and Kamimura 2002).一方,暗黒下に置いた葉では,従来PS IIの分解が起きることが多くの研究者により報告されているが,処理した葉からチラコイドを抽出し,native電気泳動や液体窒素温度における蛍光スペクトルをpeak-fitting(カーブフィッティング)法により解析することにより,PS Iのアンテナ部分も分解することを初めて報告した(Yamazaki et al. 2000).
イネの一品種である農林8号(Oryza sativa L. cv. Norin No. 8)には,クロロフィルbをまったく持たない変異株(chlorophyll b-less mutant)と,クロロフィルb含量がきわめて少ない変異株(chlorophyll b-deficient mutant)が作り出されている.これらはまとめてクロロフィルb欠損変異株と呼ばれている.野生株ではクロロフィルa/b比が約4,活性PS II中心は全PS II中心の約60~70%を占めているが,クロロフィルb欠損変異株であるクロリナ11ではクロロフィルa/b比が約10,活性PS II中心は全PS II中心の約40~50%を占めている.これらイネの野生株と欠損株の光化学系が光強度に対してどのように順化するのかを,大学構内の温室で寒冷紗(shade cloth)を用いて減光して検証した.その結果クロリナ11では減光に対してクロロフィル量は保持されているものの,PS IとPS IIの量比や電子伝達活性を変化させることにより順化していることが示された(Yamazaki 2010b).
双子葉植物であるヒマワリ(Helianthus annuus L.)を用いて,個体の一部分を被陰することにより,光合成系へどのような影響が現れるのかを検討した.まったく被陰しないもの,第2葉から下を被陰したもの,植物体全体を被陰したもの,の3種類を比較した結果,部分被陰の影響は,個葉レベルで起こり,葉緑体レベルではその効果はないことが示された(Yamazaki and Shinomiya 2013).
II. 光質との関係
農林8号を温室で2週間ほど生育させ,第4葉が完全展開した後,自然光下,弱赤色光下,弱近赤外光下,暗黒下の4つの光条件の下,6日間栽培し,それぞれのクロロフィル含量,酸素発生速度,PS IIとPS Iの量,活性PS II中心と不活性PS II中心量,活性酸素除去酵素活性の変化を調べた.その結果,クロロフィル含量やクロロフィルa/b比は光質に関係なく弱光下でも安定だったが,ルビスコ含量は弱光下で低下した.また,活性PS II中心と不活性PS II中心の割合も光強度により影響を受けた.一方,PS IIとPS Iの量比および活性酸素除去酵素活性は光質による変化を示した.これらの結果から,すべての光合成系が光質による調節を受けているわけではないし,また自然界では光強度の影響が強いといわれているが,光質も光合成系の重要な調節要因のひとつであることが示された(Yamazaki 2010a)
I. 乗鞍岳森林限界付近に生育するオオシラビソの褐変化現象
乗鞍岳森林限界に生育するマツ科モミ属の常緑針葉樹オオシラビソ(Abies mariesii)は,春先にシュート裏面が赤色に変色する.これは雪の上に出ていたシュート部分にのみ見られ, 雪の下にあったものや森林限界下に生育していたものには見られない現象である.これは,冬季の低温とさらに雪面からの太陽光の反射による強光阻害(photoinhibition)である可能性がある.強光照射により光化学系において発生する活性酸素を除去するwater-water cycleの 酵素活性を分光的に測定し,さらに強光から植物を保護するキサントフィルサイクルに関わる色素の量をHPLCで定量した結果,強光からある程度は光化学系が保護されるが,この保護機構にも限界があり,この限界を越えると葉内に過酸化水素が蓄積し,褐変・枯死を招くことが示された(Yamazaki et al. 2003b).またウエスタンブロッティング法による解析から,冬季のFv/Fm比の低下は,強光ストレスによるPS II反応中心複合体を構成するD1-タンパク質の分解に起因することが明らかとなった.一方,PS Iの反応中心複合体を構成するPsaA/PsaB量は冬季でもほとんど変化がみられず,冬季の過剰エネルギー消去にサイクリック電子伝達系が関与することが示唆された.さらに,蛍光誘導期現象(Fluorescence induction kinetics)の測定から,不活性PS II中心であるQB-non-reducing sideの割合は冬季ほど高いことが認められた.これらの結果から,冬季のオオシラビソでは,アンテナ系からの熱放散ばかりでなく,不活性PS II中心からの熱放散も行われていることが示唆された(Yamazaki et al. 2007b).
II. 縞枯山のシラビソとオオシラビソの強光感受性の違い
中部亜高山帯に生育するマツ科モミ属のシラビソ(Abies veitchii)とオオシラビソ(Abies mariesii)は,それぞれ太平洋側と日本海側に優占分布する.これらは,冬季の季節風や積雪の多少により引き起こされる乾燥ストレスに対する感受性の違いであることがこれまでに指摘されてきた.しかし,乗鞍岳のオオシラビソでは,春先の強光に対して非常に感受性が高いことが示された.そこで,クロロフィル蛍光測定によるPS II活性の回復過程を追跡すると,シラビソの方がオオシラビソよりもPS II活性の回復が早いことが示された.さらに,HPLCによる色素分析により,春先にクロロフィルの前駆体であるプロトクロロフィリドを蓄積することで,過剰な光量子を吸収しないようにすることで,シラビソでは春先に強光ストレスを回避し,素早く光合成能を回復させるメカニズムが備わっていることが示された(Yamazaki et al. 2003a).
なお,針葉樹に関する上記研究は,科学研究費補助金【特別研究員奨励費,若手研究(B)(No. 17770021,研究代表者),基盤研究(C)(2)(No.15310027,研究代表者 丸田恵美子東邦大助教授)】の全部または一部のサポートにより行われたものである.
潮間帯に生育する海産緑藻オオハネモ(Bryopsis maxima)やアナアオサ(Ulva pertusa)はクロロフィルa/b比が高等植物よりも低い.これは,クロロフィルbを多量に結合するLHC IIの相対量が多くなっていることを示唆するものである.しかし,実際に酸素電極による光合成電子伝達活性の光応答曲線や分光法によるアンテナサイズの測定を行ったところ,その集光能はPS Iの方が大きいことが示された.さらに2つの光化学系の光吸収バランスも偏っており,この現象の生理的意義を検討した.潮間帯では500~550 nm領域の青緑色の光が豊富に存在するため,それらを優先的に吸収するPS IIはState2の状態になる.その結果,PS Iのサイクリック電子伝達系が働きATPを産生し,体内の浸透圧調節を行うという作業仮説を報告した.さらに,これらの働きが潮間帯において強光阻害から回避するための適応である可能性を示した(Yamazaki et al. 2005).さらに,これら海産緑藻から抽出したチラコイドをドデシルマルトシドを含むアクリルアミドゲルによりnative電気泳動を行い,PS IおよびPS II複合体,さらにLHC IIを分離し,それぞれの画分の分光特性などを調べた.その結果,海産緑藻では,葉緑体のグラナ構造が原始的なため,2つの光化学系へのエネルギー分配やPS II内でのエネルギー移動などが高等植物とは少し異なることを指摘した(Yamazaki et al. 2006).
落葉広葉樹であるブナ(Fagus crenata Blume)は,その林相や更新状態が太平洋側と日本海側で大きく異なっている.この太平洋型および日本海型のブナ稚樹を遮光ネット下で生育させたのち,明所(相対照度40%,直射光が連続して1日数時間入射)と暗所(相対照度10%,直射光の入射はほとんどない)に移して生育させたところ,明所で生育させた日本海型ブナでのみ葉の色が黄色味を帯びる現象がみられた.これら太平洋型と日本海型ブナにおいて8月に採取した葉の種々の生理・生化学的特性を各処理間で比較した.ウエスタンブロッティング法による解析の結果,明所・日本海型ではD1-タンパク質量および中間電子伝達体であるチトクロームfがともに低下しており,それに伴って葉の電子伝達速度(ETR)が低下していた.一方、明所・太平洋型では,D1-タンパク質およびチトクロームfとも含量は高く,ETRは高い値を示した.さらに,チラコイドを抽出し蛍光誘導期現象を測定したところ,明所・太平洋型では活性PS II中心であるαセンターの割合を増加させることで強光環境下に順化するのに対し,日本海型ではその能力が弱いことが示された.一方,PS I反応中心であるP-700の吸収変化を測定したところ,明所・日本海型では明所・太平洋型に比べてP-700の相対量が少なく,また,P-700酸化中にシングルターンオーバーフラッシュとマルチプルターンオーバーフラッシュを照射する実験から,明所・日本海型ではPS IIとPS Iの間に貯まる電子の数(intersystem electron pool size)がきわめて高いことが示された.さらに,P-700の再還元速度から,強光阻害回避機構の1つとして考えられているPS I周りの循環型電子伝達系が,明所・太平洋型では速いことが示された.これらの結果から陰樹であるブナは,光化学系の強光順化能の違いにより,太平洋型では強光条件下でも順化する高い能力を備えているが,日本海型では順化能が低く,継続して入射する太陽光により強光阻害が起き,葉の寿命も短くなっていたと考えられる(Yamazaki et al. 2007a).
なお,ブナに関する上記研究は,科学研究費補助金【若手研究(B)(No. 17770021,研究代表者)】および住友財団環境助成金【課題番号073244,研究代表者】のサポートにより行われたものである.
I. 低地の照葉樹
暖温帯常緑広葉樹林には,大陸の西岸(北アメリカ,地中海沿岸など)に分布する硬葉樹林と,東アジアのモンスーン気候の地域(ヒマラヤ山麓から中国の南西部,台湾の山地を通って日本南西部,韓国南部に至る)の照葉樹林とがあり,日本では九州南部から四国,近畿,東海,関東の標高1,000 m 以下の低地帯を経て,東北地方の沿岸部まで分布している.照葉樹の分布北限に近い関東地方では,厳冬期に葉が変色する様子が見られる.この変色した葉は,春に回復する場合もあれば、そのまま回復せずに枯れる場合もある.その原因として,光化学系の光阻害が考えられる.そこで照葉樹が季節によりどのようなメカニズムで強光から保護されるのかを検討した.冬季のFv/Fm値は低下し,脱エポキシ化率(DPS)値は高くなっていた.そこで,PS IIにおける吸収した光エネルギーの分配を検証した.従来の研究では,水溜まりモデル(puddle model)のパラメータを用いたものが多数行われていたが,PS II内のエネルギー移動にはconnectivityの存在を考える必要があるため,今回は湖モデル(lake model)を用いて検討した.さらにユーカリなどで見いだされている,cold-hard-band (CHB)の存在についても77 Kにおける蛍光スペクトル測定後,peak-fitting法を用いて解析した.その結果,厳冬期の照葉樹では,過剰な光エネルギーは吸収光をうまく分配し,アンテナ系からの熱放散を行っていることが明らかとなった.しかし,CHBらしきバンドは温暖な時期にも現れることから,特別冬季に働くわけではなく,むしろクロロフィルフォームの変化により,エネルギーの分配が補償されていることが示唆された(Yamazaki et al. 2011).
冬季の照葉樹ではストレス回避のため熱散逸が有効であることを上記論文で示したが,どのようなメカニズムで熱散逸が起きるのかをさらに細かく検証した.純光合成速度や最大光合成速度の低下はFv/Fmやルビスコのカルボキシレーション速度の低下,気孔コンダクタンスの低下などにより引き起こされる.また,冬季のクロロフィル量の低下とは逆にクロロフィルa/b比は増加を示す.これは集光能の低下を示すものであり,光-光合成曲線の初期勾配の低下とも一致する.また,熱散逸のメカニズムとしては,キサントフィルサイクルに依存した熱散逸よりも,光化学系内の物理的過程(basal process)における熱散逸の方が冬季の熱散逸に大きく貢献していることが示唆された(Tanaka et al. 2015).
なお,照葉樹に関する上記研究は,濱口生化学振興財団助成金(研究代表者)の全部,また科学研究費補助金【若手研究(B)(No. 17770021,研究代表者)】および住友財団環境助成金【課題番号073244,研究代表者】の一部サポートにより行われたものである.
II. 山地帯の照葉樹
常緑広葉樹ソヨゴは,山地帯にも生育している.常緑広葉樹は比較的林床に生育しているため,冬季の低温・光ストレスにより光合成活性は低下する一方,夏季においても林冠部での落葉広葉樹の開葉のため光合成活性は低くなる.そのため,林床での光合成可能期間は非常に限られることを報告した(Yamazaki et al. 2014).
I. 熱帯林の落葉樹と常緑樹の季節による水分生理特性と光阻害回避
京都大の石田厚先生や森林総研,その他の機関との共同研究で,タイ熱帯林の落葉樹と常緑樹における季節による水分生理特性と光阻害回避のメカニズムについて調べたもので,僕はそのうちのキサントフィルサイクル色素の定量を担当した(Ishida et al. 2014).
II. クロロフィルb欠損変異株を用いた研究
上記のように,イネの一品種である農林8号(Oryza sativa L. cv. Norin No. 8)には,クロロフィルbをまったく持たない変異株(chlorophyll b-less mutant)と,クロロフィルb含量がきわめて少ない変異株(chlorophyll b-deficient mutant)が存在する.野生株では活性PS II中心は全PS II中心の約60~70%を占めているが,クロロフィルb欠損変異株では測定方法により差が見られる.本研究では活性PS II中心と不活性PS II中心の割合を,クロロフィル蛍光によるインダクションキネティクスと閃光照射による酸素発生速度の2つの方法を用いて測定し,検討した(Terao et al. 1996).
III. LED光を用いた省エネルギー施設園芸
従来から用いられている白熱灯と省電力であるLEDを用いてミョウガの養液栽培を行い,その生長を比較した.本調査は「平成23年度施設園芸省エネルギー新技術等開発支援事業」(農林水産省:日本施設園芸協会・スーパーホルトプロジェクト協議会)の一員として,白熱灯とLEDにおけるミョウガの生長の違いを調査し,報告した.